COLUMN

その「シンプル」、どのシンプル?──ことばのズレから始まるデザインの話

1.「シンプルにしてください」は意外とシンプルではない

デザイナーとして仕事をしていると、「シンプルでお願いします」という言葉には少し身構えてしまうことがあります。なぜなら、人によって思い浮かべる「シンプル」の姿が全く異なるからです。

・余白が多く、洗練されたイメージ

・情報量が少なく、パッと見で理解できる構成

・色数や装飾が控えめで、落ち着いたトーン

・安っぽさがなく、上質に見える雰囲気

依頼側の頭の中では、これらが混ざり合っていることがよくあります。さらに「ミニマル(最小限)」なデザインと混同されているケースも多く、この言葉が出てきた際は、私たちは特に慎重に意図を確認するようにしています。

この記事では、デザイナーの視点から「シンプル」という言葉を分解し、誤解を防ぎながら理想のデザインに近づけるためのコツをお伝えします。

2.「シンプル」と「ミニマル」は似て非なるもの

まず押さえておきたいのが、「シンプル」と「ミニマル」の違いです。

シンプル

・目的が分かりやすい

・情報の優先順位がはっきりしている

・使う側が迷わない

ミニマル

・要素が少ない

・色数やフォントが抑えられている

・装飾がほとんどない

現場でよくあるのが、「もっとシンプルに」という要望が、「余白を増やして高級感を出したい(見た目の話)」なのか、「選択肢を減らして判断を楽にさせたい(機能の話)」なのかが曖昧なケースです。 ここが共有されないまま要素を削りすぎると、「見た目は綺麗だけど、どこを見ればいいか分からない」「売上につながらない」といった、機能しないデザインになってしまいます。

デザイナーの仕事は、このざっくりした要望を「どこを、どの方向にシンプルにするのか」に翻訳することから始まります。

3.ヒアリングのコツ——「頭の中のシンプル像」を引き出す

依頼時、お互いの「シンプルの定義」をすり合わせることで、修正コストは大幅に減らせます。効果的な確認方法は以下の3つです。

1 「いいな」と思う参考サイトを見せてもらう

「シンプルでいいなと思うサイトや資料」を共有してもらうのが一番の近道です。 余白の取り方、文字の大きさ、色数、写真の扱いなどを観察することで、依頼主の「好みのシンプル」が視覚的に見えてきます。

2 「今のどこがごちゃついているか」を聞く

既存のデザインに対し、「どこがシンプルではないと感じるか」を言語化してもらいます。 「色がうるさい」「文字を読む気がしない」「どこを押せばいいか迷う」など、違和感の正体が分かれば、そこを重点的に改善できます。

3 「誰にとってのシンプルか」を確認する

ターゲットが「初めての人」なら説明の丁寧さ(安心感)が必要ですし、「リピーター」なら操作の短縮(効率)が優先されます。誰のためのデザインかによって、情報の削り方は変わります。

4.デザイナーは「シンプルさ」を5つに分解している

私たちは「シンプルに」という依頼を、以下の要素に分解して設計しています。

1)情報のシンプルさ: 1画面1メッセージになっているか。優先順位は明確か。

2)レイアウトのシンプルさ: 余白や配置が揃っており、視線がスムーズに流れるか。

3)ビジュアルのシンプルさ: 色数やフォント、装飾が必要最小限に抑えられているか。

4)言葉のシンプルさ: 専門用語を避け、直感的に分かるラベルや見出しになっているか。

5)導線のシンプルさ: ゴールまでのステップや分岐が複雑すぎないか。

このように「シンプル」は複合的な要素で成り立っており、どこを優先するかでデザインの方向性は変わります。

5.【実例】「シンプルにしてほしい」の本音が「参考サイトに寄せてほしい」だった話

ここで、言葉の定義がズレていたことで発生した、あるリニューアル案件のエピソードをご紹介します。

ある時、「とにかくWebサイトをシンプルにしたい」というご相談を受けました。 事前に参考サイトが1つ共有されていましたが、ご要望は「テイストは近いけれど、あくまで参考程度で」とのこと。私はその言葉から、「情報を整理して、誰が見ても分かりやすい、機能的なシンプルさ」が必要だと解釈し、デザインを作成しました。

ところが、最初の提案に対するフィードバックは意外なものでした。 「もっと、この参考サイトみたいな感じにできませんか?」

詳しく確認していくと、お客様がおっしゃった「シンプルでお願いした」の中には、実は「この参考サイトの雰囲気に寄せてほしい」という意味が強く含まれていたのです。 「参考程度」という言葉の裏には、「具体的にどこが好きかは言語化できていないけれど、このサイトの持つ空気感が理想のシンプル像である」という本音が隠れていました。

そこで改めて、「情報の見やすさ」ではなく、「フォントの大きさ・バランス」や「余白の取り方」といった情緒的な部分に焦点を当てて調整を行いました。 その上で作り直した2案目は、参考サイトの持つ「雰囲気」をルールとして反映できたことで、「これならイメージ通りです」と採用していただけました。

この経験から、「シンプル」という言葉が出たときほど、それが「情報の整理」を指しているのか、それとも「特定の雰囲気」を指しているのかを慎重に見極めるようになりました。

6.提案とフィードバックですり合わせる

このエピソードのように、言葉だけでは伝わりきらないニュアンスは多々あります。 そのため実務では、あえて「情報のミニマルさを優先したA案」と「整理整頓によるシンプルさを重視したB案」を用意し、「どちらがイメージに近いですか?」と選んでもらうこともあります。

また、修正時に出た「写真は明るい方がいい」といった意見は、「人物写真は屋外の明るいものを優先する」といった「ルール」に変換して蓄積します。このルールが増えるほど、プロジェクトチーム全員の「シンプル」の定義が揃い、デザインのブレがなくなっていきます。

7.おわりに——「シンプル」は一緒につくる共通言語

「シンプル」という言葉は便利ですが、だからこそ丁寧な翻訳が必要です。 私たち商藝舎は、お客様の「シンプルにしてほしい」という言葉の奥にある「なぜ(目的)」や「本当の好み」を深く理解し、ただ見た目が簡素なだけではない、ビジネスに貢献する最適なデザインをご提案します。

Webサイトのリニューアルやパンフレット制作など、「情報を整理して、伝わる形にしたい」とお悩みの際は、ぜひお気軽にご相談ください。漠然としたイメージの段階からでも、しっかりと伴走させていただきます。

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