COLUMN

新規広告より“休眠解除コスト”が安い――眠った顧客データを掘起こす経済効果

1 はじめに:その休眠リスト、“鉱脈”ですか? “負債”ですか?

「新規顧客の獲得CPAが、年々高騰し続けている」 「広告費をかけても、期待したほどのCVRが出ない」こうした悩みは、多くのマーケティング担当者が直面する深刻な課題です。しかし、多くの企業が膨大な広告費を「外」に向ける一方で、自社のデータベースに眠る「内」なる資産──つまり“休眠顧客リスト”を放置してしまっています。

休眠顧客とは、過去に一度は購入・登録してくれたものの、現在は取引が途絶えているお客様のこと。このリストは、管理コストだけがかかる「負債」ではありません。適切なアプローチさえできれば、新規顧客の 1/3 以下のコストで、5〜10 倍以上の反応率を引き出せる、最も効率的な「鉱脈」なのです。

この記事では、なぜ休眠顧客の掘り起こしがこれほど経済効果が高いのか、その数字的根拠と、明日から始められる具体的なプロジェクトの進め方を解説します。

2 “休眠解除は新規獲得より安い”3つの数字的根拠

なぜ、新規獲得より休眠解除の方が圧倒的に効率が良いのでしょうか。それには 3 つの明確な理由があります。

認知・信頼コストがゼロ

新規顧客の獲得には、まず「認知」してもらい、「信頼」してもらうという 2 つの高いハードルがあり、これが広告CPAを高騰させます。一方、休眠顧客はすでにあなたの会社・サービスを知っており、一度は「買う」という行動で信頼を示してくれた人たちです。このコストが一切かかりません。

LTV(顧客生涯価値)が高い

一度離れた顧客が戻ってくる「カムバック顧客」は、新規顧客に比べてロイヤリティが高く、その後の LTV が高くなる傾向がデータとして示されています。

既存リストの活用(広告費ゼロ)

メールアドレスや LINE アカウントが残っていれば、アプローチにかかるコストはほぼゼロ(配信ツール利用料のみ)といえます。これは、クリック課金やインプレッション課金が発生する広告とは比較にならない優位性であると言えます。

3 比較 ROI 試算(社内提案用)

この施策を社内で推進するために、以下のシンプルなROI(費用対効果)の比較試算を活用してみてください。

例えば、新規顧客獲得(広告)の場合を考えてみます。 100,000インプレッションに対し、CVR(反応率)が0.8%だとすると、獲得件数は800件。CPA(顧客獲得単価)が5,000円だった場合、施策コストの合計は4,000,000円かかります。

一方、休眠顧客の掘り起こしの場合、10,000人の既存リストにアプローチしたとすると、休眠施策のCVRは一般的な広告CVRより格段に高い傾向があり、仮に5〜8%(※1)の反応が取れた場合、獲得件数は500〜800件となります。 CPAは、メール配信コストや特典の原価を含めても、仮に1,500円(※2)に抑えられると試算すると、施策コストの合計は750,000円から1,200,000円で済む計算になります。

つまり、新規広告の 1/4 以下のコストで、同等以上の成果(獲得件数)を出せる可能性が、休眠リストには眠っているのです。

(※1)休眠解除施策の平均 CVR は商材によりますが、一般的な広告 CVR より高い水準を示す傾向があります。

(※2)メール配信コスト+インセンティブ(クーポン・特典)原価で試算した一例です。

4 休眠解除プロジェクト6ステップ

休眠の定義決め

「最終購入日(または最終ログイン日)から 90 日以上経過した顧客」など、自社に合わせた明確な定義を決めます。

ROI試算と目標設定

上記 3 の試算を使い、必要なコストと目標とする「復活率(KPI)」を経営陣と握ります。

対象リストの抽出

定義に基づき、CRM や顧客DB から対象者を抽出します。

ターゲットセグメント分類

(下記 5 を参照)抽出したリストを、休眠理由ごとに分類します。

オファーとシナリオ設計

セグメント別に、最も響く「オファー(特典・情報)」と「配信シナリオ(メール、LINE、DMなど)」を設計します。

効果測定と改善

(下記 6 を参照)KPI に基づき、セグメント×オファーの勝ちパターンを見つけ、改善を繰り返します。

5 ターゲットセグメント4分類

休眠顧客とひとまとめにせず、なぜ彼らが眠ってしまったのか、理由別に 4 タイプに分類することで、アプローチの精度が上がります。

うっかり休眠(ライト層)

理由:単純に忘れていた、忙しかっただけ。

対策:「お久しぶりです」のシンプルなリマインドや、軽い特典(送料無料など)で簡単に復活しやすい層。

不満休眠(離反層)

理由:過去の商品・サービス・接客に何らかの不満を持っている。

対策:まずは「お詫び」や「改善報告」から入る。アンケートで不満の理由を聞き出し、それを解消するオファー(例:担当者変更、特別補償)が有効。

他社スイッチ休眠(比較層)

理由:競合他社のサービスに乗り換えた。

対策:「他社にはない、ウチだけの強み」を改めて訴求する。新機能の紹介や、価格的な優位性を提示する。

ニーズ消滅休眠(卒業層)

理由:ライフスタイルの変化(例:引っ越し、転職、サービスの利用ステージ終了)により、不要になった。

対策:この層へのアプローチはコストの無駄になるため、対象から除外(配信停止)し、リストをクリーンに保つ。

6 効果測定 KPI

施策の成否を測るため、以下の KPI を定点観測します。

復活率(最重要):

施策対象者のうち、何%が購入や再ログインに至ったか。(目標目安:5〜10%)

休眠解除 CPA:

復活 1 件あたりにかかったコスト。(目標目安:新規獲得 CPA の 1/3 以下)

メール(LINE)配信 KPI:

開封率、クリック率、配信停止率。どのセグメント、どの件名が響いたかを分析します。

7 オファーの具体例

“呼び水”としての割引:

「カムバック限定 30%OFF クーポン」(割引率を高めに設定し、行動のハードルを下げる)

優越感をくすぐる特典:

「休眠会員様限定・シークレットセールへのご招待」「過去購入者様限定・新商品の先行予約権」

失効ポイントのリマインド:

「今月末で失効する〇〇ポイントが残っています」(損失回避の心理を突く)

関係性重視のコンテンツ:

「御社サービス導入から 1 年が経ちますが、その後の状況はいかがですか?」(BtoB で有効な、お伺いメール)

8 社内推進をスムーズにするポイント

経営陣を巻き込む:

「広告費削減」と「売上向上」の両面から、上記 3 の ROI 試算を見せて、経営マターとして推進する。

スモールステップで始める:

いきなり全リストに送るのではなく、上記 5 のセグメント 1(うっかり休眠層)など、最も反応が取れそうな層に絞ってテストし、小さな成功実績を作る。

CRM/MA ツールと連携する:

手動での掘り起こしは 1 回しかできないため「最終ログインから 90 日後に自動でカムバックシナリオメールを送る」といった設定をツールで行い、仕組み化・自動化する。

9 おわりに:掘り起こしは「コスト削減」と「資産の再評価」

新規顧客の獲得競争が激化する今、自社に眠る休眠顧客という“鉱脈”を放置することは、コスト面でも機会損失面でも大きなデメリットとなります。

彼らは、一度はあなたの会社を選んでくれた「ファン予備軍」です。

最新の広告トレンドを追う前に、まずは自社のデータベースを見直し、彼らにもう一度振り向いてもらうための「適切な呼びかけ」を設計すること。それこそが、最も低コストで、最も確実な売上アップとコスト削減に繋がる第一歩となります。

商藝舎の視点

新規顧客の獲得コストが高騰し続ける中で、私たちが今、とても大切だと感じているアプローチがあります。それは、一度はご縁をいただいた「休眠顧客」という資産に、もう一度丁寧に向き合うことです。「なぜ離れてしまったのか」を考え、分類し、最適な呼びかけをすることが、単なるコスト削減を超え、お客様との絆を深め、商い(あきない)を強くすると確信しています。

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